好々彦の神代文化考

神話と系譜と足跡を元に”古代人の生き様”を読み解き、新しい古代史の視点を提案する。きっとあなたの古代史観が変わる!                                                              

外来文化が拓いた日本の国  

(1) 窯焚き技術が拓いたヤマト王権

(1)・1「建甕槌命」が画期的「窯焚き技術」を発明した。


 土師器(埴輪など)を釜窪などで野焼き焼成する焼成方法を「酸化焼成」と云う。これに対して陶器(水漏れしない硬質陶器、焼き締め陶器など)を穴窯などで焼成したり、炭を用いて鉱石を溶鉱炉で焼成精錬する方法を「還元焼成」と云う。

土師器の焼成野窪などの真中に成形品を置き、周囲に薪を積み空気に触れる面を多くして酸素を供給し、温度を上げて焼成する「酸化焼成」の技法である。前二世紀以前から行われていた。

陶器(須恵器)の焼成穴窯の焚口から薪を入れ空気を十分に送り込みながら焚き、煙突から排気をしながら「酸化焼成」をし、温度を上げ所定温度に達すると、焚口と煙突を封鎖し酸素供給を断ち、薪を炭化焼成させて「還元焼成」する技法であり、さらには陶器内部の酸素をも取り込んで焼き締める「還元焼成」と云う技法である。前二世紀頃から行われていた。

金属の精錬方法釜窪に薪を積み上げ、その上に鉱石を積み上げ、薪に着火して鉱石を自然発火させ、鉱石が融けない程度の高温の「酸化焼成」で前処理をし、鉄分を酸化鉄にし、硫黄分を揮発させ、不純物を飛散させる。次に溶鉱炉に酸化鉄と触媒の石灰石と硅石と炭を入れ「還元焼成」し粗鉄とスラグに分離する技法である。つまり炭を使って脱炭するのである。二世紀頃から行われた。

 この「還元焼成」と云う「窯焚き技術」をまとめると、は薪を炭化焼成して土器などを焼き締める「窯焚き技術」であり、は炭で「還元焼成」して鉱石を精錬する「窯焚き技術」である。この「窯焚き技術」「土器の焼成」「金属の精錬」の二つが得られる画期的な技術である。

 の金属精錬法「窯焚き技術」を発明したのが「窯焚きの神」あるいは「火焚きの神」とされる「建甕槌命」で、古代史上最大の発明と云っても過言ではない。また「建甕槌命」は古代史上最も重要な神として位置づけられており、「倭朝廷」がすぐさまこの神を取り込んだ理由も肯ける。

「建甕槌命」の出自について考察する。

 系譜では、「阿知馳族」「吉野鴨族」が交わり、「出雲土師族」が出現、「出雲土師族」の娘「伊須気依姫命」「神武大王」が結ばれ「出雲神門臣」三輪神主家の大臣)を輩出した。「出雲神門臣」の娘「出雲沙麻奈姫」「神武東征」八咫烏の役を担った「天日方奇日方命」の孫「建飯勝命」が結ばれ「建甕槌命」が誕生した。つまり「建甕槌命」「大王家」係累の「土師族」と海人「阿多隼人族」後に「加茂氏族」の血が交わって生まれたのである。

 その「建甕槌命」「伊勢鴨族」の娘「幡主賀具呂姫」と結ばれ、「大伴氏族」の祖「大御食持命」を生み、子孫に「太田氏」「大枝氏」を輩出する。

 [系譜で見る「建甕槌命」の出自]

           天日方奇日方命ーーー阿多津奇根命建飯勝命
          (八咫烏)     (加茂氏の祖)  |   (紀の大伴氏の祖)
               神武大王           |----建甕槌命
               |             |    ( 窯焚きの神)
               |---ーー出雲神門臣ーー出雲沙麻奈姫
吉野鴨族(万木麿美穂彦)    |
  |         |・伊須気依姫
  |---出雲土師族ー|
  |  (土師族の祖)|・磯城黒速命-ー 出雲臣ーーーー出雲鞍山祇姫
阿智馳族(白玉姫)     (磯城倉下)         |
                             |ーーーー大部主命
                             |  ( 中央の大伴氏の祖)
              大山咋命ーーー大田田根子命大御気持命
             (意富族の祭神)(三輪神主家)(三輪族)

 神話では、出雲の「大国主命」に国譲りを迫るための使者として「建甕槌神」が選ばれ出雲に派遣され、出雲の伊那佐の浜に十握(とつか)の剣を逆さまに突き刺し、切っ先にあぐらをかいて座し国譲りを迫ったとあり、又「建甕槌神」イザナギが香具槌(火山の神)を剣で切った時にほとばしった血(溶岩鉄)から生まれた。そして「大国主命」から広矛を授かり日本の平定に向ったとある。国譲りには剣の力が大きな役割を果たした事を示している。

 この事から「建甕槌命」「武神」とか「剣の神」として日本の国の開拓を進めてきた神と解釈されているが、しかし「剣の神」「真剣」は火山の噴火による溶岩鉄から生まれたとある事など剣が産まれた因果が語られており、国づくりには剣を創った氏族(「鋳鍛冶族」)の存在を示唆している。、神話は真実を伝えていると云える。

(1)・2「土の神」「木の神」の出会いから「土器文化」が出現

 葛城地方の原住民「葛城赤星」と交わった海人「阿智馳族」が吉野の越に土着して切り拓いた土器の野焼き技術と渡来先住民の「吉野鴨族」の祖先伝来の土建技術や薪造りの技術が交わって、本格的な土師器をつくる「出雲土師族」が出現した。

縮小土師器A_convert_20160531115512_convert_20160531162925 - コピー 縮小縄文野焼きカラー_convert_20160531165926
         土師器は野焼き焼成と云う原始的な方法で焼かれた。


 縄文時代の土器づくりは野焼きで焼成する技法で行われた。野焼き焼成は800℃前後の焼成温度以上は得られないので、専ら「赤土」が使われた(鉄は溶融温度が低いため、鉄分を多く含む「赤土」600℃~800℃で焼成可能である)。土師器は赤味を帯びた素焼き土器で、野焼き焼成のプリミティブな方法で造られ、埴輪や炉台や壺形土器が中心であった。

 「出雲土師族」「大王家」と血縁関係を結び「朝廷」お抱え族となるが、子孫の「出雲神門臣」「三輪神主家」の大臣)系から輩出された紀の「大伴氏族」(祖は「大御食持命」)と「三輪神主家」を拝命した「大田田根子命」と血縁関係にある「出雲臣」系から輩出された中央の「大伴氏族」(祖は「大部主命」)の二系統に分岐し、「土師器、埴輪文化」が花開くことになる。

 「土師族」は土器を焼く技術だけでなく造墓や造殿の基壇、土塁、道路造りなどの「版築技術」を開発した。「版築」は粘土と塩と真砂土を順に5㎝程度の厚さに突き固め積層し、これを繰り返し重ねていく。塩は粘土の水分を取り除き、土を強固に固める。土固めは杵を突いて行う杵築と云う方法であるが、面積が広くなると多人数が必要になるので、古代人は大男二人が向き合って互に肩を組み合って四股を踏み、土を固めることを考え付いた。この姿が相撲の原点である。また踏み固めた基壇が土俵の原点である。

版築縮小1_convert_20160802144530 版築工法
         版築の断面層と杵築による土固めの様子

 初瀬の出雲郷を拠点にする「出雲土師族」が二上の当麻郷に進出したのが「野見宿禰」「当麻蹴速」の戦いの下りである。

 「出雲土師族」「大王家」と血縁関係にある「物部氏」の支配下のもと、多くの伴部を抱えた「大伴氏族」として、渡来工人集団「額田部氏」馬飼部石撞部など)や「日下部氏」馬津など)と協同して、「朝廷」の支配国の建設に携わり、「古墳文化」を築いていく。

(1)・3「土の神」「火の神」の出会いから「土器文化」・       「鉄器文化」が出現

 海人出身の「阿知馳族」「野焼き技術」酸化焼成)と係累の火生霊神「天押立命」を祖神とする「陶族」「窯焚き技術」炭化焼成)が交わって本格的な陶器をつくる「陶津耳族」が出現した。簡単に云うと「土の神」「火の神」の出会いから陶器が生まれた。またこの「窯焚き技術」「陶(須恵)技術」だけでなく「鋳鍛冶技術」にも発展し、「金属の精錬」の革命を興した。

 もう一つの革命は「耐火土」の発見である。窯造り鋳型造りには「耐火土」が必要不可欠で、穴窯などで陶窯造りのみならず「鋳鍛冶技術」開発にも大きく道を拓いた。伊賀地方の「耐火土」伊賀在地豪族が発見したものであるが、伊賀国の鋳鍛冶の溶融炉るつぼ鋳型はこの「耐火土」で造られた。「陶器文化」のみならず「鋳物師文化」を飛躍的に発展させたのは「耐火土」の発見のお陰である。

縮小須恵器A_convert_20160531170536 縮小穴窯構造図B_convert_20160531121047_convert_20160531163412
  須恵器は穴窯による画期的な「窯焚き技術」で焼成された。/右図は穴窯の構造を示す。

 弥生時代に入って穴窯による画期的な窯焚き技術「還元焼成法」が発明され、水漏れしない薄型、硬質、高硬度の須恵器が造られる様になった。穴窯による「還元焼成法」1000℃~1300℃の焼成温度が得られるため、鉄分の少ない「白土」の土器造りが可能になった。須恵器は灰色を帯びた硬質焼き締め土器で水漏れしないため、水甕や食器や炊事用釜や食糧保存用の壺や甕棺や筒形棺や土管など多くの生活用具や祭祀具が作られる様になった。

 「陶津耳族」の子孫の「陶津耳命」「神武東征」倭入りの陸の八咫烏の役目を担い、「賀茂氏」の姓を賜り「賀茂建角身命」と称し、また葛城、山城、山背の地を賜り、「朝廷」の加護を受け国土開拓に励む一方の「鋳鍛冶技術」を導入する諸国の豪族のお抱え族となって、「鋳物師文化」を築く礎となった。

 また生業の陶器づくりは磯城の桜井邑から河内の須恵邑に移動して「陶器の一大文化拠点」を拓くことになる。和泉陶邑に根付いた「陶族」「土師族」と共に「造墓集団」の一翼を担い甕棺埴輪を製作し、「豪族」や「大王家」の古墳造りに貢献し、「古墳文化」が開花した。

 [系譜で見る「土師族」と「陶族」の出自]

                  万木麿美穂彦(吉野鴨族)
        ▼野焼きの神      |ーーーーーーーーーーー出雲土師族(土師族の祖)
      |・天智馳族ーーーーーー白玉姫(埴輪の神)
海人阿知族ー|           ▼窯焚きの神
      |・天知迦流美豆姫 |・奥津彦命ーーーーーーーーー陶津耳族(陶族の祖)
         |------|
火生霊命ーーーー天押立命    |・安玉姫(赤土の神)
        ▲火焚きの神      |---------ーー天津赤星(香具土保有)
                  葛城一言主神(葛城の原住民)

 「陶族」として葛城地方で力を揮った「賀茂剣根命」葛城国造)は「和珥氏」の祖「天忍男命」と交わり、五代「孝昭大王」妃を生み、「大王家」係累の「和珥氏」と深く結び付く。「和珥氏」の子孫「彦坐王」(初代「丹波道主命」丹波国造)は新羅渡来工人集団の長「国押富命」に連れられて丹波国に入植した渡来工人集団の一族「大分丹生族」(水銀の採掘、精錬を生業とする)の「息長水依姫」「息長氏族」祭神)と交わり、「山城息長氏」「丹波息長氏」の二系統の「息長氏」を輩出する。

 「山城息長氏」は代々山城鴨県主を務める。一方「丹波息長氏」は子孫に「彦宇斯王」(二代「丹波道主命」四道将軍丹波国造)を得て、その娘の「日葉酢姫命」は十一代「垂仁大王」の正妃となり、十二代「景行大王」「倭姫命」を儲け、子孫の「和珥彦押命」「和珥氏」の姓を賜り、以来「和珥氏」和珥腹と云って代々「大王家」に妃を送り込み栄えることになる。

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(1)・4 「葛城族」「鋳鍛冶文化」の礎を築いた

 「大王家」と血縁関係にある「葛城族」の「高倉下命」と子孫たちは丹土、丹鉄を求めて宇陀から名張、山添、伊賀、淡海(おうみ)へと開拓を進めて、野洲川流域を居留地とした。四代孫の「彦伊賀都命」の代に「伊賀土」耐火土)が発見された。これを契機に「鋳鍛冶文化」が飛躍的に発展を遂げる。

 耐火土1500℃~2000℃の高温に耐えることの出来る鋳型を造るのに不可欠な特殊な土である。この耐火土は現在の伊賀上野から島ケ原、童仙房広沢地区に至る耐火粘土鉱床の限られた地域に産するもので、現代では火にかけても割れない伊賀土鍋は古窯伊賀焼の特産品となっている。

 「伊賀土」の発見に期せずして、「朝廷」紀伊国御食国として管轄する「中臣氏族」「伊香津臣命」と画期的な「窯焚き技術」を発明した「建甕槌命」新羅の新しい「鋳鍛冶技術」を持ち込んだ「額田部湯坐命」の三族を「彦伊賀都命」が治める伊賀国に派遣した。

 「彦伊賀都命」新羅の新しい「鋳鍛冶技術」と画期的な「窯焚き技術」「伊賀土」と豊富にある「薪炭」と田上の「砥石」を得て、伊賀の地で日本初の鉄剣、鉄器の鋳造をし、「鋳鍛冶文化」を築き、さらに子の「天知夷沙比止命」水口を、その子の「川枯彦命」淡海を開拓した。

 三世紀頃、新羅鋳鍛冶技術職人「額田部大加賀美命」が入植し、淡海蒲生銅鐸銅鏡を鋳造し、鋳物師邑を拓き「鋳鍛冶文化」をさらに隆盛させた。

聖地三上山縮小1_convert_20161020151957
 鋳鍛冶族の祭神「天御影命」が祀られている聖地「三上山」

 伊賀、水口、淡海に至る野洲川流域の地を「鋳鍛冶族」の拠点とし、近江富士と称せられる「三上山」を聖地として、「彦伊賀都命」鋳物師族)の祖神「天御影命」を祀り、鋳物師たちが魂を注いで鋳造した真剣「布都御魂神」と銘打って「大王家」の聖地である「三輪山」に奉納された。

 「朝廷」伊賀国伊賀水口、、淡海)を御食国「朝廷」の管理地)とし、「物部氏」「食国政申大夫」(けのくにまんもすおおぶ)に任ぜられ、伊賀国を掌握管理することになる。「物部氏」「大王家」の聖地である「三輪山」石上神宮を創建し、「布都御魂神」神剣)や「鋳物師」の祖先の「霊」を奉斎し、「物部氏」が代々神主を務める。以来、石上神宮「大王家」ゆかりの神宮として、後には「物部氏」氏社として、崇拝される様になった。

 「朝廷」から伊賀国へ派遣され、鋳鍛冶立国「伊賀国」を築き、御食国に仕立て上げた「中臣氏族」は、更に「鉄資源」を求めて東国の開拓を進めることになるが、この件については「中臣氏考」として、別途投稿する予定。










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