好々彦の神代文化考

神話と系譜と足跡を元に”古代人の生き様”を読み解き、新しい古代史の視点を提案する。きっとあなたの古代史観が変わる!                                                              

日本の国のなりたち  

(6)大和朝廷のスタート
(6)・1 三島に入植した「登美饒速日命」

 「登美饒速日命」は筑紫から舟運帯同した海人「安日彦命」「大日諸命」)の妹「三炊屋姫命」を妃とし「宇摩志麻遅命」を儲け、「宇摩志麻遅命」三島の味舌に住むが父の倭入りに帯同して三輪に住むことになる。

 「安日彦命」三島の安威川流域の水利権を得て、阿為神社が鎮座する安威地方を拠点とし交易活動をするが、娘を「登美饒速日命」の子で初代「物部氏」を賜った「宇摩志麻遅命」に嫁がせ、「物部氏」海部を代々務めることになり、日本列島全域の制海権を得ることになる。

 「宇摩志麻持命」に嫁いだ娘は「味饒田命」を儲け、三島の芥川(阿久斗川)流域の水利権を得て阿久刀神社が鎮座する郡家本町辺りに拠点を置き、代々三島県主を務めることになる。

 「安日彦命」の弟の「長髄彦命」三島江の対岸の渚郷に一時居住するが「登美饒速日命」に帯同して倭入りし、「倭朝廷」が成立すると「登美」の姓を賜り、「登美長髄彦命」として代々「倭朝廷」「忌部」を賜り、お田植え神事、冠婚葬祭など「大王家」の重要神事や食料、物資、人材等の調達、管理、日常茶飯事など庶務全般を司った。

 「登美饒速日命」「溝咋族」と一体化した「三島鴨族」(四代大物主「積羽八重事代主命」)の娘「蹈鞴五十鈴姫命」を正妃として迎え、倭の磐余地区に共に入植し、二代「綏靖大王」を儲ける。蹈鞴は水遣り蹈鞴(足踏み水車)の意で、五十鈴は五十津で、水遣り蹈鞴を沢山設置した溝を持つ「溝咋族」の娘と云う意味である。

 古代三島は意外と知名度が低い。一般的に渡来人が入植し交流した地は、ある意味で地名変更などが頻繁になされ、その地域の歴史や痕跡を打ち消して、新しい文化を導入し、近代化が図られている場合が多いが、特に京阪神間の幹線は急速な地域開発に曝され、古代の痕跡がほとんど残されていないが、現在の高槻市、茨木市には三島郡三島町耳原登美の里味舌安威安威川芥川芥川町五十鈴町太田内里阿久斗神社阿為神社溝咋神社三島鴨神社など古代の名残りのある地名や史跡などが多くあり、『倭への玄関口』であった事が今でも伺える。

(6)・2 「登美饒速日命」倭へ入植

 「登美饒速日命」はいよいよ倭国の開拓へと道を進めることになる。淀川を挟んで三島の東側にある牧野・山田の谷で須恵器を焼いていた「陶族」「陶津耳」(後の「賀茂建角身命」、祖先は三島に降臨した「大歳神」)が陸路の八咫烏の役目を担う。「陶津耳」山城の地(現在の高槻市、枚方市、交野市、奈良市、天理市、桜井市などに亘る)の広大な地域で陶土(赤土、白土)の探査、採取をし、土地柄を自分の庭のように知り尽くしていた。

 「登美饒速日命」日向を出て三島に至るまで行動を共にした協力者の「三炊屋姫命」との間で儲けた「宇摩志麻遅命」、そして「三炊屋姫命」の弟「長髄彦命」、海人「阿多隼人族」、海人「大隅隼人族」、さらに水稲耕作を共に成功させた「三島鴨族」を帯同して陸の八咫烏「陶津耳命」に案内されて倭の磯城の地に入植した。

 神話では、「神武一行」の倭入りは生駒山で原住民の「長髄彦」に阻まれ迂回を余儀なくされたとある様に、この時代は陸路がなく生駒連峰を越えて倭入りするのは全く不可能であったため、一行は三島江の対岸の白肩の津(枚方)に渡り天の川を舟運遡上し、私市の滝壁に阻まれると陸路磐船越えを迂回する閖上の道で高山から富雄川の源流に至り、富雄川を下り大和川との川合に至り、さらに大和川を遡上し磯城の地の桜井辺りに至る。一行は一挙に移動したのではなく、富雄川周辺の矢田丘陵など砂茶屋の大和田や河合の大輪田近辺には「阿多隼人族」が生活拠点を設けた。彼らは後に添県主の祖となる。

 「登美饒速日命」は磯城・葛城地方の先住弥生人の「磯城族」「葛城鴨族」(「味耜高彦根命」の係族)と交わり、「葛城鴨族」に水稲耕作を伝授した。磯城・葛城地方は高田川や葛城川や曽我川の水利環境がよく水稲耕作に最適の地で「秋津嶋」と呼ばれ、また「三島鴨族」水繰り技術水稲種籾が相まって水稲耕作が一挙に広がった。「秋津遺跡」「玉手遺跡」などは縄文時代の大規模水田遺跡である。「葛城鴨族」は代々葛城地方の水稲耕作を担い、子孫は代々「葛城賀茂氏」を名乗り、葛城鴨の県主を務めた。

 高鴨神社C縮小1_convert_20160813115645 秋津遺跡C縮小1_convert_20160813120401
  葛城鴨族が水田耕作を営んでいた秋津洲の居住跡と彼らの祖先(味耜高彦根命)を祀る高鴨神社

 玉手遺跡A縮小1_convert_20160813122601 中西遺跡D縮小2_convert_20160813123237
  縄文時代に水田耕作が営まれた玉手遺跡(左)と弥生時代に水田耕作が営まれた中西遺跡の全景(右)

 「登美饒速日命」は磯城・葛城地方でも「稲作文化」の革命を起し、大豪族として君臨し、さらに先住弥生人の海人「葛城族」や「出雲土師族」と交わり、磯城・葛城県の一大豪族に登り詰めた。

(6)・3 倭で即位倭朝廷の誕生

 「登美饒速日命」は橿原の地に居館を構え、「大王」の地位に就く(即位する)。時は前六百六十年(縄文時代)、「神倭磐余彦命」(後世には「神武大王」)と称した。

 日向の「日向隼人」系豪族「彦八井耳命」は出征魚の鰤(ブリ)の如く「彦八井耳命」→「登美饒速日命」→「神倭磐余彦命」→「神武大王」→「神武天皇」と出世するにつれて時代と共に呼称が尊称へと変わっていった。「神武大王」は「稲作文化」の革命を起し、水稲耕作によって「倭朝廷」を興したと云っても過言ではない。現在の皇室に於いて営々と「神嘗祭」「新嘗祭」お田植え神事が行われたり、皇祖神「天照大御神」を祀る神宮の最重要神事がお田植え神事であると云うのは、この事を証明している。

 東征の協力者には論功行賞で臨んだ。最大の協力者「安日彦命」兄弟妹は「登美」の称号を賜った。妹の「三炊屋姫命」「登美夜須姫命」と称し神武大王妃に、弟の「長髄彦命」「登美長髄彦命」と称し、代々「朝廷」「忌部」を賜り、兄の「安日彦命」「登美安日彦命」と称し、三島の安威川の水利権と代々大阪湾沿岸と紀伊水道、紀伊半島の制海権を賜る。彼らの祖先「太玉命」「登美命」と称するようになった。

 「安日彦命」の子孫代々は「物部氏」と結び付き「物部氏」海部として九州一円、瀬戸内海、日本海の海域や河内や大和川水系、熊野、伊勢湾、三河湾、さらに東北の開拓をすることになる。

 「阿多隼人族」「天日方奇日方命」は東征の八咫烏の役を担い、その功績により「加茂氏」の称号と「太田鴨族」の領地紀の国の一部日方湾吉備湾、及び紀ノ川の水利権紀の国吉備湾から吉備国に至る紀伊水道、大阪湾、播磨灘、瀬戸内海の制海権を賜り、子孫たちは「大隅隼人族」「倭氏」「出雲土師族」と交わり、紀の国「大伴氏」の祖となり、伊勢国の開拓に乗出すことになる。

吉備国高島から摂津国三島までの水先案内の役割を担った「大隅隼人族」「椎根津彦命」「倭氏」の称号と渟名川(淀川)と茅渟海(河内湖)と大和川水利権を賜る。

 陸の八咫烏の役割を担った「陶津耳命」「賀茂氏」の称号を賜り、「賀茂建角身命」と称し、加茂川(木津川、小椋池、宇治川、桂川、鴨川)水系の水利権山城の地を賜り、木津川中流の岡田加茂に拠点を置き、以北の広大な国土の開拓を進める。「建角身命」の子孫「賀茂剣根命」葛城の国造となり権勢を揮い、その子孫は山城国山代国山背国を拓き、加茂県主「木津氏」「舟木氏」「宇智氏」などを輩出する。

 権力を得た「神武大王」御食持「朝廷」の主食米を代々献納する豪族)としての「葛城鴨族」を掌握し、そこに在地する豪族の「磯城族」磯城県主「黒速」「弟磯城」)と血縁関係を結び、さらに須恵窯や須恵器の製作や葬祭、造墓、造殿を仕切る桜井出雲地区在地豪族の「出雲土師族」とも血縁関係を結び、さらに紀の国湾岸の舟運を掌る海人「阿多鴨族」を掌握し、さらに大和川茅渟海(河内湖)、渟名川(淀川)の舟運を掌る海人「大隅隼人族」を掌握した。

 この様に強大な権力を得た「倭朝廷」は「米」と「水」と「火」と云う人間生活にとって根源的な糧を押さえると共に、生活環境の全てを掌握したのが最大のポイントである。正に陸と海の要所を固めた権力構造を構築した。

 この様にして「倭朝廷」はスタートするが、初代から四代「懿徳大王」までは「磯城族」との血縁関係を強固にし、八代「孝元大王」までは海人「倭氏」との血縁関係を強固にし、四代から八代までは海人「葛城族」との血縁関係を強固にした。以降は身内の「物部氏」や新羅などからの「渡来技術者集団」を抱える豪族との血縁関係を強固にし、「倭朝廷」の権力基盤をより一層強固なものにした。

 倭朝廷の権力構造と系譜の概要

       |・長髄彦命
太玉命ーーーー|・安日彦命ーーーーーー安日彦命の娘
(宇佐津彦) |・三炊屋姫命      |ー------ーー味饒田命
          |ーーーーーーーー宇摩志麻遅命      |--------神日子命
                   日下部馬津久留久美ーー阿野姫   (阿刀部ー物部氏の海部)

阿多隼人族ーーーー天日方奇日方命ーーー阿多津奇根命
                    |------ーーー渟名底仲姫命
大隅隼人族ーーーー椎根津彦命ーーーーー渟名建姫        |
                               |
三島鴨族ーーーーー蹈鞴五十鈴姫命               |------ーー④懿徳大王
          |ーーーーーーーー②綏靖大王       |
鵜葦草葺不合命ー|↓彦八井耳命      |         |
        |↓登美饒速命      |----ーーーー③安寧大王
        |・神武大王・      |
          |ーーーーーー|・磯城河俣姫命              (窯焚きの神)
磯城族ーーーーー|・伊須気依姫命 |・出雲神門臣ーーーーーー出雲沙麻奈姫ーーーー建甕槌命
(出雲土師族) |・磯城黒速命ーーーー出雲臣ーーーーーーーー出雲鞍山祗姫ーーーー大部主命
                                       (大伴氏の祖)
          |--------天香語山命ーーーーーー天村雲命ーーーー|・天忍男命
天火遠理命ーーー|・天道日女命                       |・天忍人命
(葛城族)   |・高倉下命ーーーーー天津彦根命ーーーーーー天御影命    |・御蔭命


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