好々彦の神代文化考

神話と系譜と足跡を元に”古代人の生き様”を読み解き、新しい古代史の視点を提案する。きっとあなたの古代史観が変わる!                                                              

日本の国のなりたち  

(4) 国づくりを支えた先住弥生人

(4)・1 日本全土に広がる鴨族の国づくり

 「鴨族」は現在の中国と北朝鮮の国境を流れる鴨緑江、鴨の背羽根の如く深緑色の水が流れる大河を中心に存在する高句麗に居留していた民族の一枝で、北方のツングース系騎馬民族の「馬文化」「農耕文化」「彩色土器文化」「鉄器文化」、の影響と中国の「青銅器文化」の影響を受けた民族で、「鴨族」「農耕文化」「青銅器文化」「鉄器文化」を携えて海人「安曇族」に帯同して筑紫の三輪に渡来した。縄文晩期のことである。「鴨族」は筑紫国の三輪を起点に三つのルートで日本列島の東方に移動する。

①日本海ルート 三輪に渡来した「鴨族」の一枝は三代の事代主に亘って、筑紫(三輪)→出雲出雲鴨族→九頭竜川白山鴨族→新潟信濃鴨族)の拠点に入植、それぞれの拠点を基に国づくりをする。出雲に入植した「鴨族」「青銅器文化」「農耕文化」を携えてやって来た。

②瀬戸内ルート 三輪に渡来した「鴨族」の一枝は五代の事代主に亘って、筑紫(三輪)→安芸津→吉備→神戸→三島三島鴨族)・紀の国太田太田鴨族)・箕島箕島鴨族)・吉野吉野鴨族)・宇陀宇陀鴨族→倭国の三輪の拠点に入植、それぞれの拠点を基に国づくりを展開した。吉備、三島、紀伊地方に入植した「鴨族」「鉄器文化」「土器文化」「農耕文化」を携えてやって来た。

③中央構造線断層帯ルート 三輪に渡来した「鴨族」の一枝は海人「阿知族」に帯同して三代の事代主に亘って、筑紫(三輪)→九州菊川流域→九州曽於船津→大分を経由して伊予伊予鴨族)・讃岐三加茂鴨族→紀の国太田鴨族)→葛城(葛城鴨族)の拠点に入植、それぞれの拠点を基に国づくりを展開した。

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        鴨族移動ルート図
 
 「大国主命」を祖神とする「鴨族」の国づくりは海洋民族に助けられて行われた。つまり「鴨族」は海人に運ばれて国づくりをしたのである。

 神話では、初代大物主の「大国主命」の正妃は海人「安曇族」の娘「多紀理姫」で、その子二代大物主の「奇津事代主命」の妃も「安曇族」の娘「美穂姫」であり、その子三代大物主の「美穂津事代主命」の妃も「安曇族」の娘「生魂依姫」であり、又「大国主命」の外妃は海人「阿知族」の娘「鹿屋楯姫」で、その子「味耜高彦根命」の妃は「阿知族」の娘「小倉姫」である。本家筋の事代主三代に亘って妃は海人「安曇族」であり、分家筋の「阿知鴨族」も三代に亘って妃は海人「阿知族」である。「鴨族」は海人に運ばれたことを示している。ここでも海洋民族が日本の建国を導いたと云える。

 また神話では、「大国主命」「須佐男命」の六代後の子孫で、出雲国に降臨し懸命に国づくりに励む姿が語られているが、祖孫たちが日本の各地の国づくりに励んだ事は語られていない。「鴨族」の国づくりは出雲の国づくりに象徴的に語られているのである。

 「大国主命」は曽於船津を発して九州を東回りに宮崎を経由して福岡の三輪に至り、そこから「日本海ルート」で出雲に降臨し、さらに北陸へ東拓した。

 「大国主命」のもう一人の妃「鹿屋楯姫」の子「味耜高彦根命」は分家筋で、「中央構造線断層帯ルート」で葛城に降臨し、葛城の豪族として君臨し、子孫代々「葛城鴨氏」として葛城鴨県主を務める。

 古事記によると「鴨族」の祖神「大国主命」の妃は少なてとも六人いる。「大国主命」は正妃として宗像の「多紀理姫」と、妃としては曽於船津の「鹿屋楯姫」、鳥取の「鳥取姫」、因幡の「八上姫」、越(北陸)の「渟名川姫」、諏訪の「須世理姫」と次々と結婚する。古代の信仰では、その土地の女神と結婚することは、その土地を領有することである。

 神話では、「大国主命」は”国づくりと云うものは一人の力では出来るものではない”と語り、「少名彦命」の力を借りて次々と国づくりをした。また「大国主命」は多くの別名を持っており、その事は多くの大国主がいたか、あるいは「大国主命」の多くの子孫達によって国づくりがなされたことを物語っている。決して「大国主命」一人が国づくりをしたのではないと云う真実を伝えている。

 「鴨族」の国づくりは、例えば海人「安曇族」に帯同して行動すれば、族同士が一体化したものを除いて、入植地の鴨邑の近くには「安曇族」の邑が見られ、「鴨族」は粟、稗など穀物、農産物などを供給し、「安曇族」は塩や海産物を供給し共生関係が培われており、正に「山幸彦」と「海幸彦」の兄弟関係を彷彿とさせるものがある。

[鴨族と海人族との関係系図]

海神安曇族-ーー須世理姫(諏訪)
         |
海神安曇族ーーー渟名川姫(越)
         |
海神安曇族ーーー八上姫(因幡)
         |
海神鳥取族ーーー鳥取姫(鳥取)
         |            生魂依姫
                 美穂津姫   |ーーーーーーー積羽八重事代主(4代大物主)
海神安曇族ーーー多紀理姫(宗像) |----美穂津事代主(3代大物主)
         |ーーーーーー奇津事代主命(2代大物主)
        大国主命(初代大物主)
         |ーーーーーー味耜高彦根命
海神阿知族ーーー鹿屋楯姫(曽於船津)|----鴨都波八重事代主命
                小倉姫

 [鴨族の系譜]

      天国魂命ーーーーーー小倉姫
      (葛城の地主)   |(下照姫)(葛城鴨氏の祖) (夜須)     刺国若姫
                |------鴨部八重事代主 太耳姫      |ー天事代主籖入彦
      神屋楯姫      |     (鴨部彦)    |----ーーーー蕗根命
      |(曽於船津) |・味耜高彦根        |①神立彦     (筑紫三輪)
櫛稲田姫  |-----ーー|(葛城に降臨)       | (曽於船津)
|     |(初代大物主)|・高子姫          |⑫太田部事代主ーーー鴨美良姫
|ーーーーー大国主命                   | (太田彦)    |
|     |(奇杵)   |・島津大人         |⑪簑島彦      |ー阿多津奇根命
須佐男命  |-------|(2代大物主)       |          |(加茂氏の祖)
      |       |・奇津事代主        | 三島溝杭姫  |・天日方奇日方命
      多紀理姫      |(奇彦) (3代大物主)| |      |(鰐彦)↑
      (竹子姫)     |ーーーーーー美穂津事代主| |ーーーーーー|・櫛梨彦継承権移譲
                |      |(美穂彦)|(4代大物主) |(仲彦
                美穂津姫   |-----|②積葉八重事代主|・蹈鞴五十鈴姫
                       |     | (奇甕積葉彦)  |(正妃)
                       生魂依姫  |③吉野御子守彦   神武大王
                             |
                             |④宇陀彦
                             |
                             |⑤~⑩省略

 摂津三島に居留していた「鴨族」本流の四代目大物主「積葉八重事代主命」、「神武東征」で三島に立ち寄った「大王家」に娘「蹈鞴五十鈴姫」を正妃として送り込み支配下に入り、「大王家」の最初の属民となった。「鴨族」の系譜がこの様に残されているのは「大王家」と強い絆で結ばれた証でもある。

 「鴨族」の系譜は四代目大物主以降希薄になっている。その理由は、「神武東征」で海の八咫烏を担い、何年も行動を共にした「天日方奇日方命」「加茂氏」を賜り、「櫛梨命」五代目継承権を譲受し、「鴨族」本流を吸収した事にある。

 この事は系譜の中の筑紫三輪在地の「蕗根命」「刺国若姫」の間の子「天事代主籖入彦」があり、「天日方奇日方命」の出自を正当化するための系図の作為と見られる。

 海の八咫烏「天日方奇日方命」)が「加茂氏」を賜り「鴨族」本流を吸収し、陸の八咫烏「賀茂建角身命」)が「賀茂氏」を賜り「鴨族」分流の「葛城鴨氏族」を吸収し、縄文古来からの古族「鴨族」は晩期(前一世紀頃)には新しい勢力の中に埋没する結果となった。



(4)・2 国づくりを支えた大和国の先住弥生人

摂津国の先住弥生人 古くは山背国の三島県、現在の茨木市、高槻市、淀川を挟んで寝屋川市、枚方市当たりに居住していた「神武東征」で陸の八咫烏として功績のあった「建角身命」の祖先の「陶族」の「陶津耳命」と三島に居住していた導水溝建設や陶土づくりの水簸技術、水配りなどの技術をもつ「溝咋族」の「溝咋耳命」「三島鴨族」先住弥生人として住んでいた。そして「陶族」「溝咋族」は兄弟関係にある。弥生後期に水稲耕作が入って来ると同時に「溝咋族」「三島鴨族」に吸収された。

倭国の先住弥生人 古くは磯城県、現在の五条市、御所市、大和高田市、橿原市、桜井市などに当たる地域、及び吉野、宇陀地区には縄文時代に九州の曽於船津から「丹の道ルート」で葛城に渡来した「鴨族」の分家筋の「味耜高彦根命」の子孫の「葛城鴨族」や帯同した海人「阿知族」の子孫である「磯城族」、同じく一枝の「阿知馳(土師)族」「丹の道ルート」で葛城高尾張に入植した海人「阿知族」「天火遠理命」(天尾張命・山幸彦)の子孫である「葛城族」(星からやって来たと云われる原住民系縄文人「葛城赤星」)や「宇陀鴨族」、吉野には「吉野鴨族」先住縄文・弥生人として住んでいた。

紀の国の先住弥生人 現在の和歌山市、有田市などに当たる地域の太田郷には「太田鴨族」が、荒賀郷には「紀の国丹生族」が、さらに有田郷には「箕島鴨族」先住弥生人として住んでいた。

 これら先住弥生人は「稲作文化」「陶器文化」など文化を培い日本の国づくりの礎を築いた。


        













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