好々彦の神代文化考

神話と系譜と足跡を元に”古代人の生き様”を読み解き、新しい古代史の視点を提案する。きっとあなたの古代史観が変わる!                                                              

外来文化と技術が拓いた日本の国  

(6)「製鉄文化」を牛耳る武内宿禰

 四世紀~五世紀頃、十代「崇神大王」の代より「大和国家」の統合が始められ、殆んどの国が十三代「成務大王」の代に統合された。その中で「因幡国」、「若狭国」、「加賀国」、「隠岐国」、「壱岐国」、「播磨国」、「備前国」、「備中国」、「伊予国」、「周防国」、「肥前国東部」、「日向国」、「大隅国」など朝鮮半島から渡来入植して「製鉄文化」を築いた国の豪族達の抵抗が激しく「大和朝廷」は難攻した。「鉄」の入手が「大和国家」国づくりの大きな推進力となった事に間違いはない。神話の下りに『「日本武尊」が「天照大神」から「草薙の剣」を授かって東征に向かった』とあるのもこの事と無関係ではない。

 「製鉄文化」葛城の地に伝播したのは紛れもなく「武内宿禰命」である。「武内宿禰命」の祖父「彦太忍信命」「夜須基肄丹生族」鉱山師夜須・基肄を拠点に鉱脈探索、採鉱をしていた。「彦太忍信命」は十二代「景行大王」によって取り込まれ、子の佐賀武雄水銀鉱山師をしていた「武雄心命」は良質の水銀を求めて「紀伊国」荒賀郷に入植し、長谷の良質な水銀を採掘し、「朝廷」に献納する「紀伊丹生氏」の祖となった。

 「武雄心命」の子「武内宿禰命」は筑紫の夜須に在住する鉱山師で、「伽羅国」から九州の筑紫に渡来した文化人技術工人を率いて、摂津国三島の対岸の大和八幡の内里に入植した。さらに葛城に入り、新羅鉄鍛冶工人「都奴我阿羅斯等命」の子孫の「葛城高額姫」と結ばれ、新しい新羅「製鉄技術」を手に入れた。それを武器に「大和朝廷」に取り入り「朝廷」大臣を務める様になり、大和北葛城の竹内を拠点とし権勢を揮った。

 「武内宿禰命」は十四代「仲哀大王朝」の大臣を務めるが、「仲哀大王」が急死し在位八年の短命王位に終ったため、「武内宿禰命」大臣は速やかに王統の継承がなされる様、十三代「成務大王」の弟「五百城入彦命」の子「品陀真若王」を立て王位を継がせ、その娘の「高木入姫命」を我が子「葛城襲津彦命」(「葛城高額姫命」との間で儲けた長子で「葛城宿禰」を拝命)と結ばせ、十五代「応神大王」として即位させた。かろうじて王位継承の正統性を保ち王統断絶の危機をしのいだ

 「応神大王」は「伽羅国」から大和八幡の内里に渡来した文化人や技術工人を葛城に移住帰化させ、それぞれに役職と領地を与えた。

 「盾人宿禰」(後の「仁徳大王」)には大和北葛城の的場の地を、「木菟宿禰」「平郡氏」の祖、「紀氏」の祖の源流)には大和平群の地を、「巨勢小柄宿禰」「巨勢氏」の祖)には大和葛城の忍海長柄の地を、「蘇我石川宿禰」「蘇我氏」の祖、「石川氏」の祖)には大和高田の曽我の地と大和羽曳野の石川の地を、「波多八代宿禰」「秦氏」の祖)には大和祝園の稲八妻の地を、また筑紫から大和まで舟運した海人「阿知族」「味師内宿禰命」(技術工人を率いた長)には大臣の地位と渡来地の大和八幡の内里の地を領地として与えた。

 彼らは「葛城王朝」建立の礎となり、「応神大王」の子息「葦田宿禰命」「葛城氏」の祖)と「玉田宿禰」「葛城氏」の祖)も大和葛木の地を拠点にし「葛城王朝」を強固に築いた。この様にして「葛城王朝」「製鉄文化」の花が開いた。

 さらに「応神大王」と「高木入姫命」との間に生まれた「葛城磐之姫命」と、原始以来の最強の武器(飛び道具)であった弓矢をも撥ね返す「盾」、「兜」、「鎧」などの強靭な鉄製武具を造る「鉄鍛冶技術」を伝播した鉄鍛冶工人「盾人宿禰」を結ばせ、王位を継がせ、十六代「仁徳大王」を誕生させた。「製鉄文化」を手中に収めた者が権力の座を制すると云う史実がここにある。

 石上神宮鉄盾A縮小2_convert_20161029171740 古墳時代の鉄鎧B縮小1_convert_20161029172849
  石上神宮禁足地より出土品古墳時代の鉄盾と百舌鳥・古市古墳群出土品古墳時代の鉄鎧と鉄兜

 神話では、「葛城襲津彦命」が朝鮮出兵から帰国する時に、鉄鎧兜を纏った(まとった)伽羅国人の俘虜を連れ帰り、「大王」の宴席の前に差し出し、列席した「朝廷」官吏達が弓矢を射るが皆撥ね返され射貫く者がいなかった。ただ一人「盾人宿禰」だけが、この強靭な鉄鎧を貫く事が出来た。「大王」は褒めて「盾人宿禰」「的戸田宿禰」の姓を授けたとある。

 「盾人宿禰」の出自は不明であるが「的戸田宿禰」は「葛城襲津彦命」の子として扱われている。この事は「大和朝廷」が「盾人宿禰」を取り込んだ事で、新しい強力な力「鉄鍛冶技術」を獲得した事を示しており、「大王」としての権力を与えた瞬間であった。「盾人宿禰」は「仁徳大王」として即位したのである。この頃の「ヤマト政権」は「大王」と「葛城氏」の両頭政権であった。大臣「武内宿禰命」は「王権」の黒幕として自由自在に「権力」を操った。

 「武内宿禰」が「葛城襲津彦命」の娘「磐之姫命」と「盾人宿禰」を結ばせ、十六代「仁徳大王」を出現(即位)させ「大王家」の皇統断絶の窮地を救ったのである。

 十三代「成務大王」の弟の御子に王位を継がせ、その娘と我が子を結ばせ「大王」の地位に就かせ、皇統断絶の窮地を救った「武内宿禰命」と云う人物は稀代稀なる「ヤリ手」で古代奇っての「知恵者」であったと云える。「葛城王朝」をつくり上げたのは「武内宿禰命」であると云っても過言ではない。

 「武内宿禰命」は新羅の「鋳鍛冶族」を取り込み、さらに「伽羅国」から渡来した「製鉄民族」を取り込んで製鉄王国「葛城王朝」を築いた。まさに「製鉄文化」を牛耳った「武内宿禰命」と云える。

 製鉄王国「葛城王朝」を築いた古代史上最大の立役者「武内宿禰命」と云う人物像に迫る検証私案を提案して来たが、その結果益々神話における「神功皇后」や「誉田別命=応神天皇」や「大サザキ命=仁徳天皇」の「実在性」、「出自問題」に少なからず疑問を持った結果、「実在性」、「出自問題」を検証し、神話における「謎の解明」を試みたものである。そのポイントはそれぞれの人物の「実在性」とその「地位」に誰が「就いた」か、誰が「即位」したかを検証する事である。「応神天皇」に出自に問題があるとすれば、生みの親「神功皇后」から孫の「仁徳天皇」の出自にも関わってくる。「武内宿禰命」が「応神天皇」や「仁徳天皇」の皇位継承問題に関わったとすれば、「武内宿禰命」の出自も明らかにしなければならない。
 
 神話から「武内宿禰命」の出自問題を眺めて見ると、「武内宿禰命」の祖父「彦太忍信命」は八代「孝元大王」「物部氏」「伊香色謎命」との間に生まれたとしており、孫の「武内宿禰命」は十一代「垂仁大王」の代に生まれた事になる。だとすれば十四代「仲哀大王」の代に大臣を務めて、十五代「応神大王」の代にも健在であった事から、生まれてから「応神大王」の代まで五代「大王」が在位している。一代の在位年数を仮に平均三十年とすれば百五十歳まで生きた事になる。古代人の平均寿命を仮に五十歳とすれば、三倍も長生きした事になる。神話における「武内宿禰命」の出自には大きな矛盾点を孕んでいる。

 また、「武内宿禰命」の祖父「彦太忍信命」は九州に在地した豪族で、父「武雄心命」筑紫の豪族「紀臣弥麻沙」の娘「弥麻沙影姫」であるとされる。だとすれば「武内宿禰命」は十四代「仲哀大王」の代に葛城に入植し、「朝廷」大臣を務めた事になり、十一代「垂仁大王」時代の誕生とは大きな矛盾がある。

 さらに、「伊香色謎命」は九代「開化大王」正妃であり、十代「崇神大王」王子である。にも係わらず「開化大王」「孝元大王」正妃「伊香色謎命」とが結ばれ、「彦太忍信命」が誕生したとしている。有り得ない話ではないが、だとすれば「彦太忍信命」「武内宿禰命」「大王家」血筋が繋がり「天孫族」となる。「武内宿禰命」「天孫族」でなければならない事情を孕んでいると思われる。或は「武内宿禰命」祖父の代に「朝廷」に取り込まれた(配下に下った)と解釈するべきか。

 又、「武内宿禰命」は九州で「筑紫皇国」を築き、筑紫の妻との間で「神功皇后」儲けたとし、「神功皇后」出自にも絡んでいる。また「皇国」を築いたと云う事は「武内宿禰命」「天孫族」である事を示唆している。
 
 そもそもは「神功皇后」出自の謎から始まる。つまり「仲哀大王」急死による王位継承が正当に行われた事を示す語りの部分に疑問が多く、作為的である事は否定できない点であり、「神功皇后」出自問題が謎に満ちているのである。神話では「仲哀天皇」皇后「神功皇后」で、「仲哀天皇」三韓征伐で朝鮮出兵途上急死した。「神功皇后」は遺志を継いで皇位を継承し、身重のまま三韓征伐に出兵し九州に戻り「誉田別命」を出産し、大和へ帰るや神の宣託を受けて「応神天皇」として即位させ、皇位が正統に継承されたと云う筋書きである。謂わば「神功皇后」から「誉田別命」「大サザキ命」に繋がる出自の正統化の問題であると云える。「神功皇后」出自について大半の研究者が疑問を投じている。私も同様「神功皇后」は実在しない、架空の人物と考えている。

 神話から「神功皇后」、「応神天皇」、「仁徳天皇」の出自を眺めたとき、「応神天皇」、「仁徳天皇」は実在した、しかし「神功皇后」は実在しなかったと云うのが私の結論である。ではいったい誰が皇位に即位したのか?を解明する事が問題の真実に迫ると考えた。

 神話では、「神功皇后」「息長宿禰王」の娘「息長帯姫」「仲哀天皇」となり、「仲哀天皇」の崩御の後皇位を継いで「神功皇后」となったものであるとされている。「息長帯姫」「息長宿禰王」だとすれば「丹生水銀族」の末裔で「山城息長氏」の出自と云う事になる。「筑紫皇国」を築いた「武内宿禰命」だとすれば、筑紫の女というのは、「武内宿禰命」の祖先の居留地に入植した「夜須基肄丹生族」の末裔ではないかと推察出来る。

 「丹生水銀族」の祖神「息長水依姫」「彦坐王」の妻であり、「彦坐王」「開化大王」王子である。この事からすれば「神功皇后」「天孫族」である。他方「筑紫皇国」を築いた「武内宿禰命」であるとされていることからも、また「武内宿禰命」の祖父「彦太忍信命」「孝元天皇」御子であるとされることからも「天孫族」と云う事になる。この様に何れにせよ出自に於いて「天孫族」である事が必要のようである。

 「仲哀天皇」との子「誉田別命」は「品陀真若王」の娘「息長仲姫」と結ばれ「大ササギ命」が誕生、即位して「仁徳天皇」になったとされている。また「息長仲姫」の姉妹の「高木入姫」も「応神天皇」の妃となっている。これはよくあることであるが、古代に於いて氏名に当たる呼称はなく名前のみで呼ばれ、「仲姫」、「入姫」と呼ばれるのが普通であるが、なぜ氏名としての「息長」や「高木」が付けられたのか?この事は嫁先の「天皇になった人物」の氏名が妻に付けられたもので、「息長仲姫」の相手は息長系の「誉田別命」である。では「高木入姫」(高木=葛城)の相手は誰?それは葛城系の「葛城襲津彦命」である。

 「葛城襲津彦命」と「高木入姫」の間で儲けた王子は「葛城磐之姫」と「葦田宿禰命」、「玉田宿禰命」であるが、子息両者とも王位に就いていない。それは古代奇っての知恵者と云われる祖父「武内宿禰命」の計略によるものである。

 結論として、架空の「神功皇后」から誕生して「応神天皇」として即位した「誉田別命」も架空の人物であり、架空の「誉田別命」と「息長仲姫」と結びついて誕生し、「仁徳天皇」として即位した「大サザキ命」もまた架空の人物である。

 「武内宿禰命」の子息「葛城襲津彦命」が王位に就いて「応神大王」が誕生した。「応神大王」として即位した「葛城襲津彦命」と「仲哀大王」の王位を後継した「品陀真若王」の娘「高木入姫」(「息長仲姫」と姉妹)が結ばれ「葛城磐之姫」が誕生した。「葛城磐之姫」と最強の「鋳鍛冶技術」を伝播した鉄鍛冶工人「盾人宿禰」が結ばれ、「盾人宿禰」が「仁徳大王」として王位に就いた。

[系譜に見る「葛城王朝」の成り立ち]
                              |・高木入姫
                              |  |ーーーーーー葛城磐之姫
 (垂仁大王と異母兄弟)                  |          |ーーーー
|・八坂入彦ーーー八坂入姫  |・五百城入彦ーーー品陀真若王ー|・息長仲姫
|         |   |          ↑       
|         |ーーー|          継承       |ーーーーーー-大サザキ命
|         |   |          |急死            ↓即位
|・⑪垂仁大王ー⑫景行大王  |・⑬成務大王ーー⑭仲哀大王ーーー⑮応神大王ーーー⑯仁徳大王
          |                     ↑即位     ↑
          |ーーーーー日本武尊     |ーーーーーー誉田別命     即位
         稲目太郎姫                          |      
 (父は彦坐王)                神功皇后      ↑    |・盾人宿禰
|・大筒木真若王迦邇米雷王                  即位    |(的戸田宿禰)
|(②丹波道主)  |              即位        |    |
|・彦宇斯王     |ーーーー-息長宿禰王            |    |・蘇我石川宿禰
          |       |ーーーーー-息長帯姫      |    |
  丹波遠津臣--ー高材姫    葛城高額姫             |    |・巨勢小柄宿禰
 (祖は都奴我阿羅斯等)                     |    |
  但馬樽杵ーーー但馬比奈良岐但馬比多詞ーーー葛城高額姫     |    |・平群木菟宿禰
                         |       |    |
 夜須基肄丹生族ー彦太忍信ーーー武雄心      |ーーーーーー葛城襲津彦  |・波多八代宿禰
                 |       |             |
                 |ーーーーーー武内宿禰・・・・味師内宿禰ー-|・若子宿禰
         (基肄の豪族) |
         紀臣弥麻沙ーー弥麻沙影姫

  ※ピンク色は架空の系譜を示す
  ※茶色は新羅国や伽羅国からの渡来製鉄民族を示す

            
                         

category: (6)製鉄文化を牛耳る武内宿禰

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